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マイケル・モヒナハン氏(USA) ナーラーヤン内垣師への追悼文

■ 前半

皆様、非常にユニークな人間であられた方の追悼式典にようこそおいで下さいました。
私はマイケル・モヒナハンですが、ナーラーヤン内垣博士の傑出した明白な生涯の間に謙虚な弟子達が沢山おられますが 私もその1人として生涯をずっと見守り、様々な観点から先生の真価を理解してまいりました。皆様も同様だと思います。

これからは(この式典の間)私は内垣博士を「Sensei」とお呼びいたします。それは「Teacher」と言う意味です。 私は39年間教師として勤め、現在は退職しております。 私も確かに「Teacher」とは・・・?という定義を理解しておりますが、 今日ここご自宅での追悼式で、私たちがたたえようとしている方、「Sensei」は、私にとり、またあなた方にとってもその定義で表される以上の方でした。

禅宗では「Sen」とは「前、先」のことであり「Sei」とは「生まれる」という意味です。 ですから「Sensei」とは先に生まれた人という意味であり、この「生まれた」とは肉体的ではなく精神的な誕生ということでもあります。 本来の意味に固執すれば、1日24時間毎日人生を正しく理解し、それに敬意を抱きながら、人生そのものが「Sensei」と呼ばれるべきだと真に理解している人々のことです。 今日栄挙をたたえようとしている方こそまさにそうした方です。

「Sensei」は1925年日本で神道の聖職者の息子として生まれました。 25才の若さで「人類の救済」の意義を捜し求め、宗教、宗教哲学、科学を学びながら厳しい宗教的な修業に没頭されたのでした。 そして、神話の実現が人類救済の鍵であるということを決定的に悟られるに至りました。

彼の人生の次の50年間は、神話の実質的中味を探求することに打ち込まれ、 東西の哲学やエジプト、ギリシャ、中国、インド文明の神話やいろいろな他の文化を、 深い見識と科学的分析をもって、またしばしば天の啓示に助けられ研究してゆかれました。

「Sensei」は28才で(スリ)ラーマークリシュナの生涯についての最初の本を書かれました。 32才でそのラーマクリシュナの3巻本を出版され、それは日本の天皇にも贈呈されました。 また、「Sensei」は生涯に他の17冊もの本を書き続けられました。 1957年には日本ヴェーダーンタソサイティを設立されました。 このソサイティは、人間の本性は神聖であり人間生活の真の目的はこの神聖を明らかに示すことであり、真理は普遍的であるという考えに基づいて造られています。

40才、50才代で「Sensei」はインドで文化交流センターを6ヶ所設立し、アジメール地域では不可触賎民の村に入り、医療設施や職業訓練所を付与し、 また、バングラデッシュでは戦争孤児やその母親達を収容する孤児院を造り、食物、衣類、宿泊施設、学校教育を提供されました。 この同時期に彼は「光速瞑想」を考案し、この方法で自分を徹底的にトレーニングし、見事にブラフマンとの合一を果たしました。 そしてこの時、ブラフマンはピュアーであるとの啓示を得られました。

1975年、天の啓示を受けるとすぐ、「Sensei」は米国に来られ、ヴェーダーンタソサイティの支部を設立しました。 1つはロスにもう1つはここパロセドロに。 8エーカーの不毛の丘の中腹ここに、彼は弟子達や母なる自然の助けを借り、日本庭園、果樹園、野菜畑を作り上げました。 そしてこの地で神話の実体、真髄をとらえるに至ったのでありました。

「Sensei」は、ここパロセドロで2冊の英文での本を出版されました。 1998年の「透明な実在:科学、実在、神話」、そして2007年の「神の不思議な声:神話研究」この注目すべき2冊の本こそ、 彼が神話をいかに深く理解しておられたのかを、明確に知らせてくれています。

彼の神話には、他の方法では説明できないことを透明な言葉を使って説明してあり、そこには穏やかな心の状態が含まれています。 また、彼の詩には自然を含め、調和というものが入っています。 彼の著作で明示されたことは、神話、詩が科学と哲学の両方の分野に位置付けがあり、 もし社会が詩と神話を取り入れるなら人類は野蛮な未来を避け、調和して暮せるということであります。 「Sensei」の言葉を引用すれば「遊び(オチャメ)」が神話のもとであり、ゼロ、一点、一線や時間の無い今(no time)の中で自由に踊ること、 そここそが心のメロディの弦がかきならされる場所であるという彼の信念がありました。

彼の詩「透明な露」の中で、これらのシンプルな思想が統一性(oneness)、真理(truth)の両者の限界をつき動かしたのでした。 透明な露を読んでみて下さい。...(注:詩のページをご覧下さい)

先生は多くの人々にとりそれぞれの存在であられました。 今回我々は友人やお弟子さんらと共に、この叡智の人がそれぞれのものにとりどういう意味を持っているかを語り会いたいと思います。


■ 後半

「Sensei」の仕事を高く評価する人々が弟子達に与えたインパクトは、今日こうして話していただいた方々のお話からも実証されています。 本当に皆さんありがとうございました。

ところで、哲学と宗教への「Sensei」の貢献は広く認められてきました。 多分、日本文化奨励協会によるものが最も有名なものでしょう。 この協会は宗教、科学、芸術の分野で半年毎に賞を贈っており、1995年、この協会は内垣博士に社会文化功労賞を授与いたしました。 表彰状に書かれている言葉は「貴殿の真実なる教えと宗教上の苦行、修養を認め真の宗教者として貴殿に授与致しました」というものです。 また、1997年ナーラーヤン先生はケジントン大学で宗教の博士号を授与されました。 それから彼は国際教育アカデミィの正会員にもなられました。

「Sensei」はラーマクリシュナ、ハイデッガー、エマーソンやキャンベルの著作集に精神的な(発酵をおこすような)酵素なるものを結び加えています。 「Sensei」の詩は生命の躍動への情熱が詩的言葉の中にあり、また聖ヴェーダーンタ文学(リグヴェーダ)、ダビデ王の旧約聖書詩編を理論的に西洋化したもの、 ギリシャの叙情詩人のピンダロスのオリンポスの神々への頌歌からエマーソンやホイットマンの作品にみられる先験論、超絶論まで、 多数にわたるそれら豊富な文化精神を努力研究されたものが詩の中に入っています。

「Sensei」の著作や講義は、いたる所で人々の魂を向上させてきました。「Sensei」との交流は生活をより豊かなものにし一層力強いものにしてきました。 あふれんばかりの真実さや純朴さや美しいユーモア感覚は、人間の本性を発見するのに全身全霊を捧げてこられた先生には不可欠な大切なものです。

「Sensei」は偉大な詩人、神話学者、数学者、未来学者、物理学者でした。 そして知性、知恵、美、知覚力、実在の限界を突き破り、歴史の最も根本的な疑問点を明らかにする真理の実現をも突き破り、 最も素朴ですが熱烈な形へと突き進まれました。 神話と詩の力を通して「Sensei」が教えられたことは「人類は自然との対話を大切にしなければならない。心の平和や社会の秩序はさもなくば不可能であろう」ということでした。

「Sensei」は宗教に頼らず実在を探し出すよう主張され、また本質とは物質的な所有物ではなく控えめな統一性をもつ形であると強調されました。 「Sensei」は講義で「本当の宗教あるいは真理は、知的な教えや言葉以上のものであり、この統一性を得るためには時が必要である。」と常々言っておられました。 瞑想中であれ庭仕事中であれ先生にとっては生涯を通じ両方に励まれた結果、ここカルフォル二ア、パロセドロにて最高点に到達されました。

終わりに、先生の教えや価値観や信念はその詩によってはっきり示されています。 「花は咲くために存在する。花の芽を出させて実を結ばせなさい。」 「神の不思議な声:神話研究」

皆様、今日はご出席いただき、ご参加下さったこと、大変ありがとうございました。 「Sensei」が大いに感謝し、謙遜なさっておられるのが私にはわかります。