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貝殻を耳にあてる乙女

乙女がいた
彼女は 南インドの海岸で 一つの
貝殻を 手にした

千古のひみつを 秘めている海岸
人一人来ることのない海岸

そこには 灯台が一つ
つき出た海岸に 建っているだけで
かもめや 野じか うさぎが
その海岸の ホーレストに住んでいた
馬も牛も キツネもタヌキも イノシシも
そこに 住んでいた

海岸は 長く 長く
広く 広く 砂浜がつづいていた

真っ赤な 小さいカニが 何千となく
白砂浜を 染めていた
時には 大きなカメや 大きな魚が
そこに 打ち上げられることがある

素足の彼女は サリー一枚で
髪は長く うしろにたれ
花のチェーンで その根元は しばられていた

大きな貝殻を 乙女は 耳にあてた
遠い 遠い 昔の音が
そこから 聞こえてきた
それが 彼女の イマジネーションの世界で
画像となった

私は 見たのよ
一つの 輝く真珠を 海底で
それは 遠い昔に 人間が 海にもぐって 真珠を
とりに来た
彼女は その真珠に 魅せられて 海底に とどまったという
彼女は 真珠そのものとなって そこにとどまった
海の魚たちの間に その昔話が かたりつたえられている


その真珠を 私は見たのよと 貝殻は言う
乙女は その映像の中に すいこまれて
浜辺に 浜辺に ずっと居つづけた

お船が来ては 行ってしまったが
彼女は なおも 聞きつづけた
深い 深い 海の底の そこしれぬ物語りを
海女の 満足げな顔まで 見えた

人々は その夢を秘めて
真珠の指輪を 指にはめるようになった
海女の 満足しきったささやきが
夜になると 聞こえてくるのを 信じて

恍惚が 彼女らを おそうとき
彼女らは 手助けの中にいる
手助けが 人々の中に あらわれるのは
海女の真珠から
やってくるのである